仏教ねえさんの灯点し頃の骨休め

仏教について、少しずつお勉強したことを記録していこうと思って始めたブログです。ひよっこコラムニストです。

【お城めぐり】有岡城跡/播磨灘物語

仏教ねえさん的お城めぐり<1>有岡城跡 

 

伊丹にある、荒木村重ゆかりの荒村寺。

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こちらで、坐禅会をしたあとに、立ち寄りました。

buddhistwoman.hatenablog.com 

 

有岡城跡/伊丹市ホームページ

有岡城は、荒木村重黒田官兵衛を幽閉したお城です。大河ドラマ軍師官兵衛」22話 有岡最後の日は、印象的でした。官兵衛が幽閉された地下牢は跡形もありません。

軍師官兵衛をもう一度観たくなりました。

 

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JR伊丹駅からすぐ。ほんとうにすぐ。めっちゃすぐ。

 

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階段をのぼるとこの風景。

 

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礎石が残ってます。

kotobank.jp

 

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2箇所残ってました。

 

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この石垣は、どこの部分だったのでしょうか。

仏教関連の転用石のまじる石垣だそうです。気づかなかった。

城郭研究情報 - ひょうご歴史ステーション

 

 

仏教ねえさん的お城めぐり<本>

読んだことのある有岡城絡みのエピソードがある小説はこれだけ。

播磨灘物語司馬遼太郎

 

これも軍師官兵衛に影響され、原作ではないけれど、司馬遼太郎の小説は読んだことがないから、読んでみよう。ということで数年前に読みました。

読みやすく、テンポもよいため、すいすい読み進められました。

司馬遼太郎が愛されるわけを、ほんの少しわかったような気にさせてくれたきっかけをくれた小説でもあります。

 

荒木村重有岡城籠城のエピソードは(3)にあります。

新装版 播磨灘物語(3) (講談社文庫)

新装版 播磨灘物語(3) (講談社文庫)

 
新装版 播磨灘物語(1) (講談社文庫)

新装版 播磨灘物語(1) (講談社文庫)

 
新装版 播磨灘物語(2) (講談社文庫)

新装版 播磨灘物語(2) (講談社文庫)

 
新装版 播磨灘物語(4) (講談社文庫)

新装版 播磨灘物語(4) (講談社文庫)

 

 

荒木村重は、生き延びた後、堺で茶人となり、過去の過ちを恥じ、荒木道糞と名乗りました。ところが、秀吉の話し相手となり許しを得、道薫とあらためたそうです。茶の道を極めておられます。後世はふんわりと幸せそうな雰囲気です。

主人の謀反のため、処刑された妻子や巻き込まれた家臣たちを思うと、なんだか納得がいきませんが、当時は、当然というか仕方のないことという時代背景があるのかもしれません。もちろん恨み言くらいはあるでしょうけれど。

 

 

仏教ねえさん的お城めぐり<感想>

次回から情報を得てから見に行こう。

お城めぐりは町めぐり。

その町全体の歴史を知ろうとしないと、そのお城が築かれた背景が見えてこないことに気づきました。

お寺めぐりとは異なる視点が必要なものなのですねえ。

お寺めぐりでは、そのお寺の歴史にフォーカスすると続々と多方面につながってくるので、自然に町並みを意識できたのですが、今回は特に城跡だったからか、うっかりしていました。

城跡を見に行くときは、要注意。早めに気づけてよかった。

 

おわり。

【坐禅】新年初めの坐禅/荒村寺

荒村寺さんの坐禅会に参加してきました。

坐禅会(座禅会)

2回目の参加のため、坐禅指導はご遠慮させていただき、長めに坐らせていただきました。

 

以下、感想。

 

腰がふらふらする。

坐禅は男性のものかもしれない。とふとおもう。

これまで出会ったご住職の座り姿は、腰が安定しているように見えた気がする。坐禅をしている女性で腰が安定している有名な方いらっしゃるのかしら。

腰がすわるとはどういうことなのか。と疑問がわき出る。下半身が安定していること。という言葉ではなく、体の実感として知りたい。

 

手足が冷たい。

ところどころ集中できたときがあった。その時は、ふんわりと手足に温もりが復活。集中が途切れると温もりが消えた。

 

足がしびれる。

足が痛いのは当たり前にあるが、坐禅中にしびれを感じたのは初めてだ。足首を少しずらし、しびれを座ったまま回避できた。

 

体が硬く感じる。

朝だからなのか、女の子の日だからなのかわからない。背中や腕、腰、脚。時が過ぎていくほど、全身の硬さを感じる。

 

息が浅い。

体が硬いと感じているせいか、呼吸も浅く、息苦しい。腰を立て、深呼吸を数度。腰を立てることで若干息がしやすくなるが、すぐに息苦しくなる。

 

という具合で、新年初めの坐禅は、自身の体と向き合うことになりました。前回は、どこにも力が入っておらず、とっても心地よかったので、それを再現したかった。その心持ちがよろしくなかったようです。欲を出してはならぬ。との戒めだったのかもしれません。

なにごともほどほどに。

今日できる最高を全力で頑張ることも、ときには必要かもしれませんが、よほどのことでない限り、最高よりほんの少し下くらいを目指した方が、力が抜けてちょうどいいのかもしれません。

あけましておめでとうございます。

2019年元旦は、昼までゴロゴロ。普段は見ないバラエティ番組を見つつ、大掃除の続きをしました。

 

年越しは人生で初めて除夜の鐘をつきました。f:id:terasophy:20190101215536j:image

ちょっと写真変。

 

たくさん人がいてあたりはざわざわしていますが、鐘の音色の厳かでとても心地よく感じます。なんとかうまく音が出たので、ホッとしました。よい経験をさせていただき、幸先がよい。

 

初めてうかがったお寺さんでしたので、昼間にも参拝できそうならば、おうかがいしようと思います。

 

なかなか今年の抱負も思い浮かばず、ちんたらしておりますが、立てた抱負を見直すことをしたりしなかったりなので、のんびり考えます。

とはいえ、やりたいことはたくさんあるし、リストを書き出すのが楽しみ。明日明後日くらいでのんびり考える時間を作ります。

 

本年もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。

よいお年を。

今年を振り返ろうとしながら、大掃除も途中で年越しをしようとしています。

 

特に良い年でもなく、悪い年でもなく。

小さな波や大きな波を乗り越えて、なんとか無事に生きられました。

また来年もいろいろありながらも、生きていけますように。

 

本年も当ブログをご覧いただきありがとうございました。

また来年もご贔屓に。

 

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夜座へ行ってきた

去る13日に池田市にある荒村寺で、坐禅をしてきました。

 

自宅からは少々遠く、行くのを憚っておりましたが、距離を理由にしていては何もできないと思い立ったのです。

 

久しぶりにお寺さんで坐禅ができるとワクワクしながら向かいました。

 

初めての参禅者はお作法を教えていただいたり、指導を受けなくてはならないため、一柱しか座れなかったのがとても残念でしたが、仕方ありません。

 

久しぶりにお香の香りの中、薄暗い本堂での坐禅はとても心地よく、とても自然に坐ることができました。どこにも力の入らず、ただ坐ることに集中していた気がします。

もっと坐っていたかったなぁ。

 

曹洞宗坐禅は、壁に向かい、丸いお座布団をお尻に置いて坐りますが、これがやっぱり一番好きだし、落ち着くなと感じました。

 

わたしの中で、安泰寺での接心体験がとても大きく心の中に染みついているようです。安泰寺のご住職に体験させていただいた後のお礼もしないままです。もう去年の話できちんとお礼をせねばと思っているのに、なかなかできない不届き者のわたし。もう今年も終わってしまうので、今年中にお礼をします。

 

そんなことを思った坐禅でした。

またタイミングが合えば伺おうと思います。ありがとうございました。